最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)362号 判決 1997年9月09日
上告人
北村豊藏
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
山下潔
同
浜田次雄
同
松浦正弘
被上告人
橋本等
外四名
右五名訴訟代理人弁護士
小林昭
南出喜久治
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人山下潔、同浜田次雄、同松浦正弘の上告理由四について
一 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
1 明星自動車株式会社は、その定款上、発行する株式の総数は一〇万株、額面株式の一株の金額は五〇〇円とされ、株式の譲渡については取締役会の承認を要するものとされているところ、昭和六一年八月当時、同社の株式は八万株が発行済みで、上告人西村光雄を除く上告人ら及び被上告人らは、右当時、いずれも明星自動車の株主であり、被上告人橋本等及び同鈴木勇は、同社の代表取締役で、その余の被上告人らは、同社の取締役であった。なお、上告人西村光雄は、かつて同社の株式一万三〇八二株を有していたところ、その株式は、昭和五三年、エムケイ株式会社が競売によりこれを取得した。もっとも、その後も、明星自動車の株主名簿には、上告人西村光雄が株主として記載されていた。
2 上告人西村光雄と明星自動車との間には、遅くとも昭和六〇年ころには、同上告人が同社に対する関係において株主としての地位を有するか否かにつき争いが発生し、同上告人は、同年、同社を被告として、右の地位を有することの確認等を求めて訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。前訴については、昭和六一年一月三一日に、同上告人の右地位の確認請求を棄却する第一審判決が言い渡され、同年五月三〇日には、右判決に対する同上告人の控訴を棄却する判決が言い渡された。同上告人は、右判決に対して上告した。
3 明星自動車の取締役会は、その後、額面株式二万株を、株式会社ジャルファイナンスに対し、当時の評価額である一株当たり約三九〇〇円に比して特に有利な発行価額である一株当たり一〇〇〇円をもって発行することを決議した。その後の昭和六一年八月一六日に開催された株主総会(以下「本件株主総会」という。)において、右新株発行は、これに反対する株主の議決権数二万〇五七一に対し、これに賛成する株主の議決権数四万五六三二の多数をもって決議された。ただし、上告人西村光雄に対しては、本件株主総会の招集の通知は行われず、同上告人は、本件株主総会に出席しなかった。
4 上告人北村豊藏は、右新株発行の差止めを求めて仮処分の申立てをしたが、これについては、昭和六一年八月一八日、申立てを却下する決定がされた。
5 明星自動車は、昭和六一年八月二〇日、本件株主総会における前記決議に基づき、新株を発行した(以下「本件新株発行」という。)。
6 上告人西村光雄が明星自動車に対して提起していた同上告人の株主としての地位の確認等を求める前訴について、当裁判所は、昭和六三年三月一五日、原判決を破棄し、同上告人が明星自動車の株式一万三〇八二株を有する株主であることを確認する等の判決(最高裁昭和六一年(オ)第九六五号同六三年三月一五日第三小法廷判決・裁判集民事一五三号五五三頁)を言い渡した。
7 なお、本件株主総会の決議については、その取消しの訴えは提起されていない。また、上告人北村は、本件新株発行につき、明星自動車を被告として、無効の訴えを提起したが、右については、請求を棄却する判決が確定している。
二 本件は、明星自動車の株主としての地位を有する上告人らが、本件新株発行がされた当時同社の取締役であった被上告人らに対し、本件新株発行は上告人西村光雄に対する本件株主総会の招集の通知を欠いたままされたなどとして、商法二六六条ノ三第一項又は民法七〇九条に基づき、本件新株発行によって生じた損害の賠償を求めるものである。
原審は、本件新株発行がされた当時、上告人西村光雄が明星自動車に対する関係で株主としての地位を有することの確認を求める前訴につき請求を棄却すべきものとする控訴審判決が言い渡されており、被上告人らは、右判決の確定を待っていたのでは業務の迅速性、機動性が妨げられて明星自動車に不測の損害を生ずることを憂慮して、本件新株発行を行ったのであって、上告人北村が申し立てた本件新株発行の差止めを求める仮処分申請が却下されていたことなどをも考慮すると、上告人西村光雄に対する本件株主総会の招集の通知を欠いたままその決議に基づき本件新株発行がされたことについて、被上告人らに悪意又は重大な過失による職務上の義務違反があったとはいえないなどとして、上告人らの請求を棄却した。
三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
上告人西村光雄が前訴の口頭弁論の終結時である本件株主総会開催の直前ころに明星自動車に対する関係で株主としての地位を有していたことは、前訴の判決によって確定しており、本件においてはその後本件株主総会が開催されたころまでに同上告人の右地位に変更が生じたことはうかがわれないところ、定款上株式の譲渡については取締役会の承認を要する旨の制限の付されている会社において株式の譲渡等がされた場合には、会社に対する関係でその効力の生じない限り、従前の株主が会社に対する関係ではなお株主としての地位を有し、会社はこの者を株主として取り扱う義務を負うのであるから(最高裁昭和四七年(オ)第九一号同四八年六月一五日第二小法廷判決・民集二七巻六号七〇〇頁、最高裁昭和六一年(オ)第九六五号同六三年三月一五日第三小法廷判決・裁判集民事一五三号五五三頁参照)、明星自動車の取締役である被上告人らは、上告人西村光雄を株主として取り扱い、本件株主総会の招集の通知を行う職務上の義務を負っていたものというべきである。そして、株主総会開催に当たり株主に招集の通知を行うことが必要とされるのは、会社の最高の意思決定機関である株主総会における公正な意思形成を保障するとの目的に出るものであるから、同上告人に対する右通知の欠如は、すべての株主に対する関係において取締役である被上告人らの職務上の義務違反を構成するものというべきである(最高裁昭和四一年(オ)第六六四号同四二年九月二八日第一小法廷判決・民集二一巻七号一九七〇頁参照)。
本件株主総会の招集に先立って、前訴において上告人西村光雄の株主としての地位の確認請求を棄却すべきものとする控訴審判決が言い渡されていたが、右判決は、その確定を待って、初めて実体法上の権利義務関係についての効力を生ずるのであって、確定に至るまでは、会社の負う前記義務に消長を来すことはない。また、仮に当時本件新株発行を早期に行う必要性が存在したとしても、株主に対する株主総会の招集の通知が会社の意思決定に関して有する意義が前記のとおりであることに照らし、取締役における事務処理上の便宜のいかんによって、右通知を行う義務が免除されることはあり得ない。してみると、これらの事情は、被上告人らに職務上の義務違反がありこれにつき悪意又は重大な過失もあったとすることを妨げるものではないというべきである。なお、上告人北村が申し立てた本件新株発行差止めの仮処分事件の帰すうが、右判断を左右するものでないことは、いうまでもない。また、本件においては、本件株主総会における決議の取消しの訴えは提起されておらず、上告人北村が提起した本件新株発行の無効の訴えについては請求を棄却する判決が確定しているが、これらの事情によって、被上告人らの前記義務違反の違法性ないし責任の存在が否定されるものでないことは、当裁判所の判例の趣旨に照らし、明らかである(最高裁昭和三三年(オ)第一〇九七号同三七年一月一九日第二小法廷判決・民集一六巻一号七六頁、最高裁昭和三九年(オ)第一〇六二号同四〇年一〇月八日第二小法廷判決・民集一九巻七号一七四五頁参照)。
なお、本件において、仮に上告人西村光雄に対して本件株主総会の招集の通知が行われ、同上告人がその議決権を行使していたならば、本件新株発行に賛成する株主の議決権数は、商法二八〇条ノ二第二項、三四三条所定の多数に及ばなかったことが予想され、決議の結果に影響が生ずる可能性があったものというべきである。
四 そうすると、上告人西村光雄の前訴における株主としての地位の確認請求につき請求を棄却すべきものとする控訴審判決が言い渡されていたことなどをもって、本件新株発行に関し同上告人に対する本件株主総会の招集の通知を欠いたことについて、被上告人らに悪意又は重大な過失による職務上の義務違反があったとは認められないとした原審の前記判断は、法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ず、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、損害に関する当事者の主張を明確にさせるなど、更に審理を尽くさせる必要があるから、原審に差し戻すこととする。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)
上告代理人山下潔、同浜田次雄、同松浦正弘の上告理由
一、原判決は、
(1) 本件新株発行当時、明星自動車の株主の間において、かつての経営陣であった被控訴人(上告人)ら(少数派株主)と現経営陣である控訴人(被上告人)ら(多数派株主)の二派が対立していたところ、被控訴人(上告人)らはエムケイと通じて明星自動車の乗っ取りを図ろうとしていたことが窺われたこと、そこで、明星自動車の多数派株主である控訴人(被上告人)らは、右乗っ取りをされることを嫌って、これの対抗措置として、本件新株発行をなしたものであって、当時、ジャルファイナンスとの業務提携を実現させることを専ら企図して、右発行をしたものではないことが認められる、本件新株の発行は、前記会社乗っ取りの対抗措置の一貫として自己資本の充実(これによる資金調達で財務体質の改善)が考慮されてなされたものであることが推認できる、旨認定し、
(2) 取締役は、授権資本制の下においては、会社の資金調達のために新株の発行と、その自由な割当の権限を有するところ、その経営する会社が他の会社等に乗っ取られることが危惧される事態に遭遇した場合は、右取締役に委任された権限の範囲で対抗策を講ずるのも止むを得なく、……控訴人(被上告人)らの本件新株発行の目的が不当であって、任務過怠ないし違法であると断ずることは困難である、旨判断し、
(3) ジャルファイナンスに対し有利な価額で本件新株を発行した点については、明星自動車の株主総会の特別決議を経ているところ、右総会について、一万三〇八二株の株主である被控訴人(上告人)西村光雄への招集通知がなされていないが、当時、同被控訴人(上告人)が提起した株主の地位確認請求訴訟において請求棄却の地裁、高裁の二判決が言い渡されていたこと等を理由に、右招集通知がなされず、有利価額による本件新株発行がなされた点については、控訴人(被上告人)らに故意又は重大な過失があったと認定することはできない、旨判断した。
二、一(1)の事実認定には、経験則違反及び審理不尽がある。
(1) 原判決の「被控訴人らはエムケイと通じて明星自動車の乗っ取りを図ろうとしていたことが窺われた」等の認定は事実に反するし、原判決の引用する証拠からはそのような事実は認定できない。また、右の点は審理における争点とはなっていなかったのであり、かかる点につき何らの指摘もせず、反論、立証を促すことなく、かかる認定をすることは許されない。
(2) したがって、右認定には、経験則違反及び審理不尽があるというべきである。
三、一(2)の判断は、商法第二六六条ノ三、民法第七〇九条の解釈を誤ったものである。
(1) 授権資本制度の下においては、新株の発行は取締役に委ねられているが、取締役はどのような目的の新株発行も自由になしうるというのではなく、専らあるいは主として株式会社における自己の支配権の確立を目的として新株を発行することは許されず(新版注釈会社法(7)二九〇頁など通説)、かかる目的で新株を発行することは取締役としての任務違反となるというべきである。
(2) そして、原判決の述べるように、被上告人らが乗っ取りの対抗措置として本件新株発行をしたものとすれば、まさに主として被上告人らの明星自動車における支配権の確立を意図し目的としてなしたものといわざるをえず、被上告人らのなした本件新株発行は取締役としての任務に違反した違法なものであり、かつ任務違反につき故意又は重大な過失があった。
(3) 右の通り、取締役は、授権資本制の下において、会社の資金調達のための新株の発行とその自由な割当ての権限を有する。しかし、会社は株主が所有するものであり、株主が会社役員の選任・解任権を通じ、会社を支配することとされていることに鑑みると、取締役には、誰が会社支配権を獲得すれば会社にとってより有益かについて、決定する権限を有しないというべきである。したがって、会社の株主間で支配権の争奪を巡って争いがある場合には、取締役は厳に中立を守り、これに介入すべきではない。とくに、取締役が株主である場合は、自己の利害関係と全く離れて、中立の立場から支配権の帰趨を判断し得るとは、到底考えられず、このような場合、勢い自派の支配権を維持、強化するための新株発行をすることになり、取締役の忠実義務に違反することにならざるを得ない。そうすると、支配権の争奪を巡って争いがある場合、これへの介入を目的とする新株発行は、不公正な方法によって新株を発行するものであり、取締役の任務懈怠ないし違法行為に当たるというべきである。
原判決の述べる、乗っ取りに対抗するためというのは、到底本件新株発行を正当化する理由とはなりえないというべきである。
(4) したがって、被上告人らの右目的の本件新株発行は、取締役の任務に違反するものであり、故意又は重大な過失があったのであって、原判決は法令の解釈を誤ったものといわざるをえない。
四、一(3)の判断は、商法第二六六条ノ三、民法第七〇九条の解釈を誤ったものである。
(1) 原判決は、被上告人らが上告人西村光雄に対し本件新株発行に関する株主総会の招集通知をしなかったことにつき、上告人西村光雄が提起した株主の地位確認請求訴訟の請求棄却判決の存在を指摘する。
しかし、そもそも「商法二〇四条一項但し書に基づき定款に株式の譲渡につき取締役会の承認を要する旨の譲渡制限の定めがおかれている場合に、取締役会の承認をえないでされた株式の譲渡は、譲渡の当事者間では有効であるが、会社に対する関係では効力を生じない」とする昭和四八年六月一五日最高裁第二小法廷判決があり、かつ立法担当者が「競売又は公売により株式を取得した者は、取締役会の承認がない限り株主たることを主張できないから、株主名簿上の株主が議決権を行使し、会社から配当を受ける」(味村治・改正株式会社法〔商事法務研究会〕五五頁)としていたのであるから、被上告人ら及び代理人弁護士は上告人西村光雄を株主として扱うべきことを容易に知りえた。また、上告人西村光雄を株主として扱うべきことは判決により確定した。
くわえて、被上告人らは、上告人西村光雄に対しあえて招集通知をしなかったばかりか、上告人西村光雄の株式については誰にも招集通知をせず、誰をも株主と扱っていない。このような措置が商法上認められないことは明白であり(議決権なき株主以外を除いては招集通知をしなければならない〔商法第二三二条〕)、右措置が違法であることは被上告人ら及び代理人弁護士において容易に知りえたところである。
(2) したがって、被上告人らが上告人西村光雄に対し招集通知をしなかったことは、取締役の任務に違背するものであり、かつ故意又は重大な過失のあることは明らかであって、原判決は法令の解釈を誤った違背があるといわざるをえない。
(3) また、本件新株発行は、①取締役会における本件新株発行の決定、②取締役会における、本件新株発行決議のための臨時株主総会の招集の決定、③臨時株主総会における決議、という一連の手続きによってなされたものであるが、右一連の手続きは、被上告人らが前述の通り主として支配権を確立する目的のためになしたものであり、①②がなければ③はないのであって、これらは一体のものと見るべきである。そして、これにはその重要な部分である①②に右(1)に述べる瑕疵があったのであり、株主総会において本件新株発行決議がなされているからといって、被上告人らの任務違反の違法性は到底治癒されないというべきである。
五 よって、原判決は取消されるべきである。